【大阪狭山市】狭山池水天宮の意外な祭神と由来は?狭山池花火と同じ日、8月1日に例大祭が行われます
私がまだまだ知らないことが多い大阪狭山市ですが、今回は別の目的地に向かって歩く途中に気になる小さな神社を見つけました。
場所はSAYAKA公園のすぐそば、住宅が集まっている中にあります。小さな社(やしろ)や祠(ほこら)が住宅の間にポツリとあるのはよくあることですが、気になったのはここの建物が比較的新しい点です。
狭山池水天宮と書いてあります。
水天宮を調べると、一般的には九州の久留米水天宮が総本宮として、東京や神戸にも分社が存在します。そして祀られているのは創造神の天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)のほか、主に安徳天皇や平家関係の人たち(天皇の母、建礼門院平徳子、天皇の祖母で平清盛の妻、平時子)です。
ここで久留米水天宮創建の由来を調べました。壇ノ浦の戦いで平家が滅び、安徳天皇や平徳子、平時子は入水自殺します。結果的に平徳子は助けられて生き残しますが、彼女らに仕えた按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)も生き残って九州に移住します。そこで安徳天皇と平家一門を祀ったことが水天宮誕生の由来です。
ところが、狭山池水天宮の由来を見る、一般的な水天宮とは別の神様が祀られていました。それは日本書紀にも登場する罔象女神(みづはのめのかみ)です。古事記では漢字の違う弥都波能売神(みづはのめのかみ)として登場する代表的な水神様です。狭山池のほとりにあるため、水の神様は違和感がありませんね。
そして、十日戎で有名なえびす神社も蛭子(ひるこ)神を祭っている神社と、事代主命(ことしろぬしのみこと)を祀っている神社があるように、同じ名前の神社でも同じ神様を祭っているとは限らない場合があります。水天宮も久留米水天宮とは別系統の神社があり、北海道の小樽にある水天宮の祭神が弥津波能売神(みづはのめのかみ)、保食神(うけもちのかみ)、伊邪那岐神(いざなぎのかみ)、伊邪那美神(いざなみのかみ)とあることから、狭山池水天宮は系統的にこちらのほうが近いです。
とはいえ狭山池に鎮座している神様に龍神社があり、そこには棲んでいるとされる龍神が祀られています。しかしそれとは別に、狭山池のほとりに水天宮があります。いったいどういうことでしょうか?
狭山池水天宮の由来については、石板に刻まれていました。かつて狭山池のほとりに存在したさやま池遊園地への来園客や従業員等の安全祈願のために建立されたそうで、明確な建立の時期は不明とのこと。
さやまいけ遊園地は2000(平成12)年に閉園したものの、狭山池水天宮については4年後の2004(平成16)年5月に現在地に遷座し、現在に至ります。平成中期にこの地に建てられたのでまだ新しかったのですね。
狭山池水天宮の御利益は、水難・水害除け、渡航安全、安産、子授けなどです。また地域住民の間では「水天さん」の愛称で呼ばれてお、心の拠り所でもあります。
社殿の前に来たので参拝させていただきました。お供え物があります。
境内には石灯篭の上の部分があり、鳥居や玉垣と違って少し古いように見えます。かつてさやま池遊園の境内にあったときに利用されていたものかもしれません。
さて、狭山池水天宮は本日8月1日の午前10時から例大祭が行われるとのこと。「水天さん」の愛称で地域からの崇敬を集めている神社の祭として、地域の人が集まって今年もしめやかに神事が執り行われるでしょう。
(近くにあある狭山の地車小屋)
そして本日8月1日は狭山池で花火「桜まつりサマーブロッサムナイトin狭山池2025」が開催されます。直接の関連性はないものの、狭山池のほとりに鎮座し地域に崇敬されている狭山池水天宮の夏季大祭と同じ日に行われるというのは、この日が狭山池にとって重要な日であることの証なのかなと感じました。
住所:大阪府大阪狭山市狭山2丁目952
アクセス:何回大阪狭山市駅から徒歩6分