8、喧騒のチャイナタウン「チョロン」ヘの道     戻 る

2016年1月11日(月)(2日目)。


歩いていくと、ようやく見えてきました「ベンタイン(ベンタイン)市場」
ホーチミン(旧サイゴン)のシンボルとも言われ、代表的な市場なので
ベトナムに訪問し始めた頃には、毎回必ず訪れていた市場です。



この市場の
敷地面積は、結構広くt約1万uあるそうです。
歴史は
1907年に建設が決定し、1914年に完成と、100年を超える歴史があるそうです。
1950年に改修が行われて現在の姿になったのだそうです。
との記載がありますが、ベトナム語の資料を翻訳して見ると、
元々フランスに統治される前の「嘉定」と呼ばれたころから
この場所には古い市場があったような記録がありました。
いずれにせよここは町の中心部です。

ちなみに、現在のホーチミンは元々はクメール王国の領土だった場所で、
17世紀ごろ、当時のベトナムの内戦から
逃れてきたベトナム人が
流れて住み着き
ました。
やがてクメールの勢力が弱まり、ベトナムの統一王朝グエン朝(フエ王朝)が
進出し、そのまま・占領したという歴史があるそうです。
(そのため、中国人とあまり変わらないイメージのハノイの人と比べて
ホーチミンの人は顔がやや南方の人が多いらしい)

これからの旅路でクメール王国の後裔国家でもあるカンボジアに
行く時にこのような歴史を考えるとより感慨深いものがあります。


しかし、今回はこのベンタイン市場には行きませんでした。
今回は特に行く必要もないと考えたからです。
代わりに、市場の目の前にあるバスターミナルに向かいます。


バスターミナルに行くにはちょっとしたバイクの洪水を乗り越える必要がありました。
その際に
上半身裸の親父もいて、道路上ですれ違いました。
ホーチミンの中心部は年々きれいなエリアになっていますが、
まだまだそういうところを見ることが出来、逆にほっとします。



ベンタンのバスターミナルにはいろんな行き先がありますが、
私たちが向かう先「チョロン」行きは1番のバスとわかりやすいですね。

しばらくバスが来るのを待っていると・・・・・。



若いベトナムの学生さんのような女性に
「どこに行くのですか?」と英語で声をかけられたので、
「チョロン」というとそのまま黙って立ち去りました。
おそらく旅の格好をしている外国人。
空港に行こうとしているのではと考え、
違う方向のバスに乗ってしまわないかと心配したのでしょう。



待っている間、周りの風景を撮りました。やや色あせた建物は
政治色も強くて、雰囲気的に結構古くからありそうです。



その一方で、今でも建築ラッシュのようで、新しいビルが建築されています。



このバスターミナルも以前と比べて、どんどん整備されているように思います。
バスの統一されたボディの色を見ても、それだけ見ると日本の路線バスとかを
ターミナルで待っているのとあまり感覚が変わりませんでした。



などと思っていると、早々とバスが来ました。
1番のバスはチョロンのバスターミナル行きです。

わずかでしたがベンタン市場とはお別れ、
タイのバンコクに向けて西への旅路が始まります。

実は、カンボジアに陸路で行く方法はこの中心部からでもツアーを
申し込めば、ピックアップとかをしてくれるようで、
最短では1日でカンボジアのプノンペンまで行くことができます。
しかし、私たちはそのルートではなく、メコンデルタのルートで
行くことにしました。メコンデルタも13年ぶりの訪問ということで、
今回寄り道することにしたのです。

メコンデルタ方面の長距離バスは、チョロンよりさらに西側にある
ミエンタイバスターミナルから出ているということでした。
そこで、せっかくだからと、途中のチョロンで1泊することにしたのです。



チョロンへは、店の買付けのために結構行く機会があります。
そして、実際にこの路線バスも使うのです。
ただ、いつもなら買付けを終えると、
そのままタクシーでホーチミン中心部などに戻ります。

しかし、今回はチョロンで泊まり、さらに先に進む
(つまりホーチミン中心部に戻ってこない)事もありますので、
いつもと違う、期待と不安が入り混じったような
気持ちでバスに乗りました。

昔は3000ドンだったバス代も5000ドン。
物価は確実に上がっていますね。


バスの車窓から、中々面白いビルがありました。



チョロンは、ホーチミン中心部から5km離れた地区
昔は「チョロン市」ということで「サイゴン市」とは別だったそうですが
情報を調べると、20世紀に入って自然に合併したそうです。
やがて「ホーチミン市」になると5区と6区にまたくエリアとなる、
ベトナム最大のチャイナタウンになりました。

ベトナムの華人は全盛期には70万人くらい居たそうですが、
戦争などの影響で、国外に逃げ出し1、0万人くらいまで激減したこともあったそうです。
しかし、最近また戻ってきて人口が増えてきているそうです。


そろそろ、チョロンエリアに近づいてきたようです。
この後くらいから、町の看板が漢字表記とベトナム語表記が
混在し始めました。

チョロンにくるのも、実は6・7年ぶりくらいなのです。
でもうっすらと記憶に残っているから不思議です。


チョロンバスターミナルに到着。少し夕暮れが迫っていました。
この時間は今までなら帰る時間ですから不思議な感じです。

今回は、「アゴダ」のような宿の仲介業者を頼んでいませんでしたので、
自力で探す必要がありました。とりあえず歩いていうと、
「HOTEL」の文字が、決してきれいでもなく、ラブホテルのような
たたずまいでしたが、金額も安いですし、
まあ「夫婦」というポジションで行動していますから、
たとえラブホテルでも他人に非難される筋合いはないのです。



こういうホテルです。昨日のところに似ていますが、
やや湿気感があるのと床の白黒タイルに少しこだわりを感じます。


エアコンも完備してます。やはりここも液晶テレビでした。



私たちの場合、宿というものに求めるものは、「雨露をしのげる場所」
というところで、ゆっくり体を休ませるためのベットやシャワーの存在と
一応プライベートが守られているという点のみ重視します。
だから細かいところは気にしないのです。



シャワーです。温水が出るタイプでした。
というより床と同じデザイン。
こだわりは持っているのかも知れませんね。