2002年7月20日(7日目)の続き

鉄道は、ハイヴァン峠を無事に越えると速度が上がり、
無事にダナンの駅に到着しました。
中部最大の町ダナンですが、南北の大都会と比べると
どこかのんびりした空気が漂います。


ここから、世界遺産の小さな町「ホイアン」に向かいます。
タクシーをチャーターしてホイアンの町を目指します。
あたりは夕暮れで暗くなってきました。少々不安ながらも
ここは信じるしかありません。

しばらくすると、不思議な光景が見えてきます。
いろんな石像を販売しているお店ばかりが並んでいるエリアです。



実はここには五行山(マーブルマウンテン)という、大理石でできた岩山が
あって、そこから石を切り取ってこういう石像を作って販売している
ようなのです。宗教的なものから動物までいろんな石像を
車窓から眺めることができました。


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しばらくしてホイアンの町に無事に到着。ホテルをチェックインしてから
夕食。こちらは、ラルーと言うダナン・ホイアンエリアの地ビール。
当時のベトナム各地のビールの中では一番美味しい印象がありました。

こういった料理を食べました。まだデジカメの操作に慣れていなかったので、
フラッシュを炊いたり炊かなかったりと画像はよくありませんが、イメージだけと言うことで。





2002年7月21日(8日目)
朝からホイアンの町歩きが始まります。
ホイアンは、行く前から調べて見て非常に気になった町。
かつて、江戸幕府の鎖国前の時代に日本と東南アジア諸国とは
盛んに交易をしていましたが、このホイアンのエリアもその場所で
一台交易港として栄えたそうです。
コウチとかフェイフォとか呼ばれていて、大商人の従業員で
現在の日本の駐在員のような人が居たりして、日本人町もあったそうです。

現代ならいざ知れず、戦国末期から安土桃山江戸初期の時代
遥かかなたに日本人の町があると聞くとなんとなくうれしく感じますね。


市場の様子です。世界遺産で登録されている町並みの端にあり
ここは地元の人でにぎわっていました。


市場は見学するだけでも楽しいものです。
当時はまだ店をする予定など無かったのですが、飲食店にとって
重要な食材の仕入れをする場所が楽しいと思うことが
既にそういう道に向かっている予兆だったのかもしれません。



市場で朝食を食べました。このホイアンには「カオラウ」という
この地域でしか作ることができないと祝えている独特の麺があります。

ただ、この画像が「カオラウ」かどうか記憶があいまいですが
食べた記憶はあります。
このカオラオの麺が日本の伊勢うどんとつながりがあるという
話もあり、この町が交易港だったからそこで伝わったのかと言うのが
容易にわかります。





旧市街の町歩き、中国系の建物です。この町には日本人以外にも
中国人も多く居ましたが、その中国の在住者の集会場の
ような役目も果たしていたようです。



道教寺院のようです。


上から見たホイアンの町並み。このときはまだ人が少ないですが
最近は観光客だらけになってきつつあり、この画像も逆に貴重な気がします。

そして、このホイアンで見たかった。
以降もこの町に来た時には必ず立ち寄る。場所があります。

それがこちら「日本橋(来遠橋)」です。 



小さな川に架かっている屋根付の橋ですが、「日本」の名前がついている
事で非常に気になったのです。

その橋を実際にわたると中はこうなっていました。

提灯もさることながら橋の真ん中に祠もあります。



中から外を見ると不思議な絵が取れました。

このホイアンの町はアートな町でもあって、みやげ物店では
絵が結構販売しています。
(で、購入して店に飾っています。   ↓ ↓ ↓)


しかし、このときは普通に渡れましたが、最近は目の前に通路を作って
この橋を渡るためにはチケットが必要に。観光名所だから
仕方が無いとはいえ、ちょっとさびしいですね。

そのまま折り返して川沿いを歩きます。

時間がたつのも忘れる風景ですが、このあたりはどんどん観光地化が
進んでしまって、対岸にはバーやレストランができてきました。


ですから、対岸のこういう林のような状態はもう無いので
この画像も貴重な一枚になってしまいました。


ホイアンの観光を終え、車をチャー足して向かった先は
ミーソン遺跡と言うところです。

その前に昼食をとりました。

ミーソン聖域遺跡と言うのは、
ベトナムの中部から南部にかつて存在したチャンパ王国と言う国の遺跡群で、
王国の宗教的な聖域だったそうです。
遺跡は7世紀から13世紀にかけての遺構で、20世紀になってフランス人によって
発見されたそうですが、ベトナム戦争当時の爆撃によってかなり破壊されてしまった
そうです。
チャンパ王国は紀元100年代からフエの阮朝の時代まで
長く続いていたチャム族の王国で、インド文化の影響でヒンドゥ教や仏教系の寺院
が建てられたそうです。
国自体は最終的にそれまでは北部ハノイを中心としていた
ベトナム国家に支配されて滅びましたが、民族自体は今も末裔が居るそうです。


こういう遺跡でした。
レンガ造りの遺稿の原型はとどめています。



森林の中で発見されたようですね。そんな名残が残っています。


2005年には展示館などもできたそうですが
私が行ったのは前にも後にもこの時が最初で最後なので
今はどうなっているのかわかりません。
この風景も変わってるかもしれませんね。

見学は無事に終わり、ダナンの市街に戻ってきました。
後は飛行機で、ホーチミンシティに戻るだけなのですが。
フライトまでの時間があるので、気になるお店に立ち寄ろうと思い
時間も無いので、そこにいたバイクタクシーを頼みました。

しかし、バイクの後ろに乗れるのは1人だけ。普通ならこういうバイクタクシーは
仲間でつるんでいたりするのですが、このときは居なかったらしく
直ぐそこにいた若桃に臨時のアルバイトで頼みました
そして、地図を見ながら場所を確認しあったのです。


このような雰囲気でした。旅の醍醐味と言うかほほえましかったので
記憶がはっきり覚えています。

レストランでシーフードを食べた記憶がありますが、
データも無いので、お店も覚えておらず、今となってはどこで食べたのか
わかりません。




土鍋ごはんです。

この辺りの記憶があいまいでしたが、シェフ曰くこれはダナンで

食べたものらしいです。

そしてここで、当時ベトナムホーチミンに在住していた知人とも会いました。




ベトナム以外のビールを珍しく飲みました。



とはいえ、これでおなかも満足し、いよいよダナンの空港に向かいます。



こうして、ダナンから飛行機でホーチミンに
1時間ほどのフライトで戻りました。

ベトナム縦断の旅はこれで終了。
残りの日数はは主にホーチミンにとどまります。