2002年7月19日(6日目)前回の続き

飛行機は、ハノイからフエに1時間ほどで到着。
国内線専用空港だからでしょうか?ホーチミンやハノイの空港と比べると
小さいイメージがありましたが、そこからバスに乗り到着したのが
フエの鉄道駅の近く。鉄道駅はフエの新市街エリアにありますが、
ここから川を挟んだ先には旧市街エリアがあり、外堀で囲まれています。
さらに内堀で囲まれた中にあるのがかつてのフエの王宮。
阮朝(グエン朝)というベトナム最後の王朝の首都だった場所です。


ここから、普通にタクシーとかでも良かったのですが、せっかくだからと
ベトナムの自転車タクシー「シクロ」に乗ることにしました。
しかし、シクロとは交渉で料金を決めます。外国人だと違法に高い値段
を取られる恐れが高いことが多いのです。
ベトナムは日本と比べて物価が安いとはいえ、
慎重になりますが、せっかくなので体験と言うことで乗ることにしました。


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新市街と旧市街の間にはこのような城壁と門があり、これをくぐって中に入ります。
シクロの自転車をこいでいる人。
坂道では少し苦戦していましたが、
無事に門をくぐり旧市街にあるホテルに到着しました。

しかし、ここで料金を支払うときにもめてしまいました。
後年わかったことですが、交渉時に金額を書いてもらったうえでだったのですが、
日本人が考える書き方とベトナム人の書き方に違い(桁)があって
そうなりました。当時の物価水準やベトナムの通貨の異常なインフレ状態
10,000ドン=約50円 と言うところで相違が出てしまったようです。
仲裁に近所の見知らぬ人が出てきてしまうほど、揉めましたが、
今回は自転車の人も坂道で苦しんでいましたので、
やむなく向こうの提示した金額で払う形で終わりました。
しかし、少し不快な気分を感じました。

でも、まだまだ未知の国。相手の文化やそういうものを理解するには
何度も通わないとわからないものですね。


気分を取り直してホテルに入ると、ベットに何かまきついていました。
これは蚊帳。東南アジアの国なので蚊も多いですし、
中には人間にとって病気をもたらすような厄介なのも居ますから。
紐を解くとくるくる回るのが面白かったです。

少し休憩して、レンタルサイクルを借りました。
シェフおぐしは自転車に乗れない弱点があるので、2人乗り
日本なら違法ですが、国が違うので問題は無かったようです。

まず向かったのはフエの王宮です。


ここが内堀で入口のところです。蓮の葉が印象的です
この国は蓮との付き合いは深いですが、その理由もうなづけます。



中国の故宮を真似して、それをそのまま小規模にしたような王宮。
しかし、一部の建物以外は残っていません。

その建物の先にあるのは広大な平原。



何もありません。何も無いのもどこと無く、「歴史」と言うものを感じることができて
良いのですが、残念ながら今はこんな感じではなく、
観光客向けにどんどん過去の建物を再建しているようです。



2010年に再訪したときは全く違う状況になっていました。
ですからこれらは貴重な写真です。


こちらはフラッグタワー。王宮内ではなく
外堀の外側にありフエのシンボル的な存在です。

王宮の見学の後は、自転車に乗ってあるところを周回することを考えました。
このフラッグタワーの位置から外堀沿いを自転車で回ろうというものです。 



これがフエの旧市街の地図です。
自転車で矢印にあるように外堀から一周しようというもの。
当初はいい感じで進みました。上の辺りになると旧市街は町並みが無く
草原のよう平原か郊外の農家のような建物があり、
生活が垣間見う古都もできました。

しかし周回も終盤のあたい、右側にX印をつけていますが、
このあたり時間も夕方で通勤帰りと思われるバイクの洪水が目の前から走ってきて
自転車で走るのが困難になりました。さらに夕暮れが迫り暗くなってきたので断念し、
途中で旧市街の中に。旧市街の中はバイクの数も少なく
そのまま、自転車を返してホテルに戻りました。

そのまま夕食に。フエで食べるものは決まっていました
それは、宮廷料理。阮朝の皇帝が食べていた料理が名物です。



こんな感じです。「味」と言うより「見る」料理と言う印象でした。


こちらは麺料理。フエの名物料理「ブンボーフエ」
ハノイやホーチミンにあるブンと言う米の丸麺(有名なフォーは平麺)
は、一般的なものより太く、このブンボーフエ用の麺なのだそうです。
この麺大好きで個人的にはベトナム料理で一番好きな料理かなとさえ思います。

この日はこれで終わり。フエの旧市街の静かな夜の中。
就寝しました。



2002年7月20日(7日目)

この日は、車をチャーターしてフエの郊外にあるという
歴代の皇帝の廟を午前中回って昼食の後
鉄道に乗って中部の町田ナンに向かうスケジュールです。

朝食を食べに、旧市街を散策します。
シェフおぐしが面白いことを言います。
「バイクが多くあるお店は美味しい店」

そのような事を言っていると、そのような店を見つけました。


ここで朝食を食べたのは確実なのですが、
今のように写真を撮り続けるようなことはしなかったので
データが無いのです。今考えればもったいない話ですが
記憶では行き続けています。人も多かったです。


するの目の前にビールを運んでいるトラックが!
「Fuda」というのが、フエの地域で作られているビールです。

朝食の後、ホテルをチェックアウト。
チャーターした車に乗って、歴代皇帝の廟をめぐります。
といってもすべての皇帝廟ではなく
代表的な3つの皇帝廟を回りました。


こちらは、第4代トゥドゥック帝(嗣徳帝:1829〜1883・在位1847〜1883)廟
です。歴代皇帝の仲では最も在位が長い皇帝だったそうですが、
この時代あたりからフランスの介入を受けるようになってしまう激動の時代。
やがて「保護国」として事実上支配されてしまうのです。


こちらは、第12代カイディン帝(啓定帝:1885〜1925・在位1918〜1925)
フランスによって擁立された終盤の皇帝で、建物も西洋風なのが特徴的です。


この途中だったのか記憶があいまいですが、小さな祠を案内されました
少し見学しましたが、外国人旅行者が来るということで、物売りに囲まれてしまい、
一苦労しました。

その後、ここも記憶があいまいですが、廟が川の対岸にあるということで
いったん車を降りて小船に乗りました。
その船に乗っていた小さな子供が10円玉を数枚持っていて
「両替してほしい」といってきました。まだ通貨レートの差額があいまいなので
持っていた小さいお札から用意。
最初は「少なすぎる」と飽きられながらも、ある紙幣でお互いの交渉が成立しました。
しかし、後から考えるとこちらのほうが少し有利なレートだったかもしれません。



こちらは第2代ミンマン帝(明命帝:1791〜1841・在位1820〜1841)廟。
国号を「大南」にするなど、国として最も勢いがあったころだったためか
先ほどの2つの皇帝の廟と比べると、規模も大きいイメージがありました。


このような像もありました。

見学は無事に終わり、チャータした車にフエの鉄道駅で
降ろしてもらいました。ここで列車のチケットを購入。
ダナンまで3時間の鉄道の旅が始まります。

発車の時間まで少しありましたので、近くのお店で昼食を取ります。



ビールは、朝トラックで見ましたフエの地ビール「フーダ」。


イカの鍋です。昼間から食べる鍋も美味しかったです。

昼食を終えて、フエの駅から鉄道に乗り込みます。


緑の車両は恐らく旧ソ連製のもののようです。
実際に町を歩いているとそんな気は全く起きないのですが
一応ベトナムは社会主義国で旧ソ連と仲が良かったということを
思い出します。

ホームも日本とは違いますので。車両に登るときははしごのような物を
よじ登る必要があります。

フエ駅を出た列車は、音を立てながらゆっくりと走ります。
日本のディーゼルカーの各駅停車くらいのスピードでしょうか?
途中何駅が停車して、やがてとまったところが、ランコー村と言うところ。



ここは砂浜が広がっているビーチの村で、シーフードも美味しいところ
後年、訪問してシーフードのお粥をいただきましたが、
今回は列車なので残念ながら素通り。

しかし、駅で売っていたのでこれを購入しました。



スルメです。シーフードの村らしくスルメが安いです。
ビールには最適のおつまみです。
そしてここからが、南北の難所といわれている
「ハイヴァン峠」を越える必要があります。


ベトナムの鉄道には「機内食」ではなく、「車内食」が
配られました。それは切符に料金が含まれていて食べたのですが
その後車内販売で、美味しそうな焼きた手の鶏を売っている人が居て、
何人かの乗客が購入。人気が高かったのです。

何故か「これがある」と言うことで、注文しなかったのですが
これが今でも悔やまれます。気になったらその場で注文するのが鉄則
ですね。

金網で覆われた列車の窓越しから、見た風景。
ハイヴァン峠を登るときの列車のスピードは非常に遅く。
時速5kmくらいの歩いているような超低速で運行します。
それだけ勾配が高いこのエリア。日本ならば専用の機関車をつないで
重連で運行するのでしょうけれど、ベトナムではそういう発想は無いようです。

まあ、そこは海外。ゆっくり構えて峠を越えると速度も上がります。
越えた先にあるのが、中部の都会「ダナン」の町でした。