1、関東経由で越南の地へ(大阪→関東→ホーチミン)

2002年7月14日(1日目)。

当時はまだ店も無く、それどころかこの時点では
そのような事も考えていなかったある日のこと。
大阪(当時は京橋)から新幹線に乗り込んで東へ向かいました。
関東での用事の後、ベトナムに渡るためでした。

とはいえ2ヶ月に1度、酒屋さんの空き店舗を使って
臨時居酒屋の「リンポー亭」と言うのをお遊びで行ってはいました。
その時に、シェフO(当時はまだ料理人ではないものの外食産業に身を置いていた)
は、そのリンポー亭でベトナム料理を主に披露していました。
これはその年の年末年始にOが、タイとベトナムに渡航して、
料理の留学をしたからです。

そういうこともあり、では一度一緒にベトナムの地に行って見ようということ
だったのですが、当時Oの相方となるHはビールに関することでいろいろな活動を
行っていました。(店も開業から4年間はビールが中心だった)
そのことも盛り込んだ旅となりました。
(ある意味現代では考えられない超豪華な旅)

具体的には、最初に沼津のある店に、その後水戸の近くを経由して
成田から渡航しようと言うものでした。

ですから最初に向かったのは、新幹線を使い沼津の地にたどり着いたのです。



こちらは昼食に使った「たか嶋」という寿司屋。海の見える町沼津で
美味しい海の幸をいただきました。



食事の後に向かったのが、「タップルーム」と言うお店。
実はここは、小規模なビールを醸造していました。



ビールの世界を少し話すると、一般的な黄金色のもの以外に
ヨーロッパを中心にいろんな味のビールが存在していました。
日本でも「地ビール」とか「クラフトビール」という名前で存在していました。
さらに小さい単位で、合法的にビールは作れないものの
アルコール度数1%未満のものを作るという事で、
ビール作りのキットが売られています。

そのビール作りの愛好家から、その程度の規模で、実際に発泡酒の免許
(年間醸造量がビールと発泡酒とでは違い、小規模な発泡酒のほうがとり易かった)
を取って実際に販売していたという情報を得て、どうしても見ておきたかったのです。

流石に、こだわりのあるビールにはうまみが違います。


こちらの右側の方「ブライアン・ベアード氏」が熱意あるビールを作ると
おっしゃっておられました。
後に開業したお店でも一時的に取り寄せたこともあります。
開業4年でビール中心の店から東南アジア料理の店に変更しましたので
その後の取引はなくなりましたが。、
今では、この当時よりも規模も大きくなっているようです。



この日は、その後在来線に揺られて横浜に。
もう一軒ビールのお店に立ち寄りました。

横浜ビールの店「驛の食卓

中華街で食事をしました。
私自身が、中国の文化に関心が高いこともあり、
せっかくなのでと横浜中華街に足を運んだのです。
実は、これが歴史的に中国文化の片鱗が見え隠れする
東南アジア諸国との深いつながりになる遠因だったように
今では思います。

横浜中華街での夕食の後、いったん東京を経由し水戸に向かいました。
翌日は水戸近辺での予定があったからです。

この写真。もう記憶が無いので、横浜か水戸かどちらか
定かではありませんが、恐らく横浜ではないかと思います。



2002年7月15日(2日目)。

この日は、水戸からある地ビールの醸造所に行きました。
それは「常陸野ネストビール」と言うところ。
ここでは、自分たちでビールが作れます。
朝からそちらに行き、麦芽からシェフと2人でビールを作ってきました。


 


破砕した麦芽をお湯に入れて行きます。 お湯で拡販して、ビール酵母の餌になる
甘い麦汁を作ります。
ホップを入れて麦汁ができました。
これを急速冷却して、
ビール酵母を入れたら1ヶ月もたたないうちに発酵してビールが完成します。

※ちなみに上の画像は、この時ではなく
参考の画像と言うことで、以前に訪問した際に、別の人といったときの画像です。

ホップを入れたところで、作業終了。
ビール作りは1日近くかかり、時刻は夕方になりました。

ここから高速バスに乗り、目指すは成田空港。
途中、霞ヶ浦の横を通りながら、ややて渋滞などにも巻き込まれましたが、
無事に成田空港に到着。
宿泊先は空港の目の前にあるヒルトンホテルです。


2002年7月16日(3日目)

ベトナム旅行記といいながら、今のところは国内の旅行記みたいになっていますが、
この日いよいよ、ベトナムに向けて出発です。
ホテルの朝食のバイキングを堪能した後、空港へ
前日もそうでしたが、入るときにパスポートのチェックがありました。
関西空港ではないので、首都圏の空港の厳戒さを感じました。

空港に荷物を預けると、なんと機体の到着が遅れてしまい、
4時間ほど待たされる運命になりました。
そのため当初の予定がこの日と翌日が完全に狂ってしまったのです。
こればかりは仕方が無く、意味もなく成田空港をで時間が来るのを待っていました。



午後2時頃にようやく、成田空港を出発。
富士山を見下ろしながら九州沖縄・台湾を通りながら
6時間ほどで到着しました。
2時間の時差があるとはいえ、既に夜になっていました。

そして、最初に驚いたのは東南アジア独特の熱気と
バイクの量です。

(これは、違う時期に撮影したもの、あくまでイメージです)

今では、ごく普通に映るこのバイクの洪水も最初に見たときには、
本当に圧倒されました。こんなにバイクだらけの国は他にはありませんから。
当初この日に少し観光する予定でしたが、そんな時間も無く、
宿について、現地初の夕食は、「ホアンイエン」と言う
以降、ベトナムに行くと大抵立ち寄るレストランです。


他にも、ベトナム料理の「王道」のようなものが食べられます。
こうしてベトナム最初の夜は終わりました。




2002年7月17日(4日目)
この日の午前中は、ホーチミン市内の観光を行いました。
夜にはハノイに入るので、昨日の分も含めて、主要なところ
を散歩しながら見ました。


戦争証跡博物館です。ベトナム戦争の博物館。
ベトナム戦争についてはあまりリアルでは覚えていませんが
まだまだ最近のことで、こういう足跡は押さえておく必要は
と言うところですね。



写真が無いので・・・統一会堂という旧南ベトナムの大統領の官邸
のようなところです。


昼食です。ベトナム料理の王道フォーですね。

これらの場所は、この一度目のときだけ観光して
その後現在までに何度も足を運んでいますが、ホーチミンのこういうところ
には行かないです。ですから逆に懐かしいですね。


こちらも絵で、ホーチミン博物館「ホーおじさん」ことホーチミン氏の
偉業をたたえる博物館です。


建物の上からはサイゴン川を見ることができます。


こちらは、1963年に立てられた仏教寺院でダイヤック寺といいます。
大きな福の神が特徴で、当初七福神の布袋かと思いましたが、
実はこれは弥勒菩薩らしいです。
愛嬌があって親しみやすくなっていますが、イメージ違いますね。

このお寺は空港の近く。このまま空港から北のハノイに向けて旅たちました。